石橋正雄の「生き方上手じゃないけれど」

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zoom RSS 丹羽文雄 「蛇と鳩」

<<   作成日時 : 2005/11/07 23:16   >>

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 先日、何気なくインターネットを巡回していると、次のようなニュース記事に行き当たった。

神仏に「すがりたい」54%…読売世論調査
 国民の4人に3人が特定の宗教を信じておらず、宗教を大切だと思わない人も多数派を占めているが、「神や仏にすがりたい」と思ったことがある人は過半数に上る――。
このような宗教に関する日本人の意識が、読売新聞社の全国世論調査(面接方式)で明らかになった。
 調査は8月6、7の両日に実施。
 「何か宗教を信じているか」と聞いたところ、「信じている」23%に対し、「信じていない」は75%。「宗教は大切であると思うか」でも、「大切」35%に対し、「そうは思わない」60%だった。
 その一方で、「神や仏にすがりたいと思ったことがある」は54%に達し、「ない」44%を上回った。宗教を「信じていない」人の中でも、「すがりたい」は47%だった。
(2005年9月1日23時43分 読売新聞)

「へぇ、そうなんだ。これだけテクノロジーが発達し、唯物論的価値観が常識となった今でも、神や仏にすがりたいと思うような人がこれだけいるんだ」
 私は改めて、人間にとって宗教的価値観が切っても切り離せないことを改めて思い知った。
「何をバカなこと言ってるの?宗教を信じていない人たちが75%、宗教は大切であると思わない人が60%もいるじゃない。誰も宗教なんか信じちゃいないし、何の興味も無いんだよ!」
 恐らくこう思っている人がいるかもしれない。
 だがそう言う人たちは段々少数派になりつつある。寧ろ、「日本には日本人がハッキリと自覚しにくい宗教観が紛れも無く存在している」という考え方の方が多数派を占めつつある。
 「そんなバカなことがあるか」と思っている方は、まずこちらのサイトを見て頂こう。

日本は神の国ではないのですか
http://www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/bookkami.html

 ここに書かれていることをさらに分かりやすくしたのが、小林よしのりの「戦争論2」に掲載されている「カミの国は死者の国でもある」(「靖国論」にも再掲載された)だろう。そこで掲載されている内容のポイントは次の2点だ。

・日本人の「神」の概念はGodでなくDeity(多神教の神々)である。
・日本の「カミ」は精霊のようなもので森羅万象何にでも宿る

 さらに興味を抱かれた方は、こちらをご覧頂きたい。宗教の専門家の方が、精緻な分析を行っている。

 つらつら日暮らし 反・無宗教論 ver1.0
http://blog.goo.ne.jp/tenjin95/e/7d9aadb68a49a3d0b3687f9a3b8b8777

 これらの文章を読んで改めて思ったことは、次のようなことである。
 人間は、自分が安心かつ平和に生きたいと本能的に願う心理から、「自分の能力を超えた『何か』に庇護されている」、と考えたいのではないだろうか。その「何か」とは、現実に存在する自分の身の回りの人物や、組織かもしれない。あるいは人生哲学やイデオロギーかもしれない。あるいは「運勢」といった概念的なものかもしれない。
 その「何か」が圧倒的に権威付けられていればいるほど、その「何か」によって自分が確実に庇護されている思いをより強く抱くようになる。そのような、絶対的権威を付与されたイデオロギーと生活様式の総合的所産こそが、「宗教」なのではないだろうか。「信じる者は救われる」という考え方なのではないだろうか。
 そして人間は、自分の心理を安定させたいという極めて自然な自己防衛本能から、宗教的価値観を無意識に会得するのではないだろうか。少なくとも日本人であれば、怨霊信仰(祟りがある、バチがあたる)は誰もが自然に抱いていることだろう。それ故、霊に怨念を抱かれることが無いよう、彼岸には先祖の墓参りをしたり、人が死ねば儀礼に従った葬儀を行い、生前から人に優しく接しようとするのである。

 丹羽文雄の「蛇と鳩」は、昭和二十七年四月から十一月まで「週刊朝日」に連載された作品である。当時はまさに激動の時代であった。昭和二十五年には朝鮮戦争が勃発し、日本も戦争の恐怖に再び晒されることになった。当時全世界的に共産主義が盛んであり、これを支持しようとする動きが日本でも大いに高まっていた。GHQは必死にレッドパージを行い、これを阻止しようとした。昭和二十六年にはサンフランシスコ講和条約が締結され、日本は独立への大きな一歩を踏み出したが、同時に日米安全保障条約を締結することになった。その結果、隣国で巻き起こっている戦争に、またも日本が巻き込まれるのではないか、という懸念が世間に湧き上がった。戦後成立した日本国憲法の下で、思想や信条の自由が許されたことから、左翼的なデモや暴動が日常的に行われるようになった。その象徴として、昭和二十七年五月には血のメーデー事件が起こった。これを受けて過激な政治活動を取り締まる法律として、破壊活動防止法が同年に成立することとなった。
 このような世情に対する不安を受けてか、当時は新興宗教が多いに盛んであったらしい。新憲法の下、信仰の自由が許されると共に、宗教法人の制度が設けられたことも影響したようである。創価学会が急速に勢いを増したのも、どうやらこの頃だったようだ。新興宗教の特徴は現世利益である。古来から支持される正統派の宗教が来世利益を重んじるのとは対照的である。死んでから報われるよりも、まさに今報われたい、と願う人が多いからなのだろう。そういうこともあって、新興宗教の目指すところは実に世俗的であり、深みが無いものが多い。そしてほぼ例外なく新興宗教の多くが、信者が奴隷の如く教祖にお布施を繰り返すだけの、単なる集金マシーンと化しているのが実態だ。それならまだ良いにしても、自分たちの理想郷を作り上げるのだと言わんばかりに国家転覆をたくらむ教団まで出てくる始末だ(とある宗教団体はそれを目論んで物の見事に大失敗した。またとある宗教団体は、実質的に国家を牛耳るところまでこぎつけたのであるが、そろそろ政界から追放されそうな状況だ)。

 「蛇と鳩」は、資産家であり野心家である古久根が、居候である緒方をこき使い、金儲けのために新興宗教団体を設立することを企てる物語である。
 この小説に描かれている東京の様子は、まだ戦争の傷も癒えない、荒んだものである。当時の渋谷や池袋の様子が描かれているが、今のように整然と区画整理されているはずもなく、非常に雑多で汚らしい街として描かれている。そして場面の所々で、労働争議や安保闘争とおぼしきデモの様子が描かれている。
 そういう血なまぐさい状況の中で、多くの人々が宗教に願いを託し、狂奔しているのである。早朝の勤行に励んだり、周囲を気にすることなく題目を唱える人々の様子に、奇異な印象を受ける読者は多いであろう。恐らく当時も新興宗教に対して多くの人々が奇異な眼を向けていたであろうが、アノミーとも言うべき状況であった当時のことであるから、狂奔ぶりはより凄まじかったに違いない。
 金の亡者である古久根がたどり着いた金儲けの手段が宗教であった訳だが、これほど都合のいい事業は無いだろう。何しろ、適当に教えを説くだけで、信者が勝手にわんさかと金を担ぎ込んでくるのであるから。しかも信者は自分が騙されているとは思っていない。自分は良い事をしたのであると完全に信じ込んでいるのだ。信者が宗教を信じるに到った理由としては、宗教を信じでもしなければ癒えることの無いトラウマを抱えていたからかもしれない。そういう弱者を救済したのだから、自分は何も悪いことをしていない、と新興宗教の教祖は言うであろうが、本当にそうであろうか。人の弱みに付け込んだ詐欺的行為ではないだろうか。
 宗教は往々にして、その基盤を強固なものとするために、利権のネットワークを築くことが多い。○○教の信者になれば、商売が上手くいくように、得意先を色々紹介してやる、いろんなパイプをつないでやる、という訳だ(その分お布施をガッポリ取られることは言うまでもないが)。現にこの作品においても、古久根が設立した紫雲現世会の信者に泊まってもらうべく、旅館の業者たちがにわか信者になっていたりする。ここまで来ると、宗教はもはや利権を確保し維持するための、単なる人的ネットワークの手段でしかない。(そしてこの日本社会は、この宗教を通じた人的ネットワークに基づいて、政治活動や経済活動が連動しているのである。嘘だと思う方は一度ネット等で調べてみると良い。無宗教の人間が大半と思われているこの日本社会において、いかに宗教ネットワークが強固に張り巡らされているかを思い知ることだろう)

 後に宗教をテーマにした作品を連発する丹羽文雄であるが、この「蛇と鳩」ではまだ本格的に宗教に対峙していない。しかし、それまで宗教に対して否定的であった丹羽文雄が、人間の欲望を真摯に追及する過程で宗教に向き合うことになったことは、必然であったと言えよう。というのも宗教そのものが、人間の持つ欲望に対してどう向き合うかについて、教えを唱えたものだからである。
 なお、丹羽文雄はこの作品で野間文芸賞を受賞した。

【入手情報】
 新潮文庫から刊行されていたが、今ではもちろん絶版である。角川文庫からも刊行されていたが、こちらはなおさらレアであろう。古本屋でもごく稀にしか見かけないので、見つけたら速攻で入手することをお勧めする。

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