石橋正雄の「生き方上手じゃないけれど」

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zoom RSS ドラマ「契約結婚」 第4週A(第19回〜第20回)

<<   作成日時 : 2005/08/06 16:48   >>

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【第19回 7/28放送分 脚本:いとう斗士八】
 八重子に同居を願い出る万砂子。また例によって、インスタントな方法で問題を解決しようという短絡思考だ。もちろん、もう万砂子を馬鹿な女としか見れない私は、彼女への同情など全く湧いてはこないが。

 徳丸恵子とのセックスの後、自分たちの結婚生活が上手く言っていると強調する信太郎。これは単に、信太郎の強がりなのだろう。

 夫婦になることは家族になることだと考え、福田家に同居することになった万砂子。
 夫婦はあくまで個人同士の結びつきであることを強調し、家族作りを拒む信太郎。
 まあ、どっちもどっちである。万砂子はまだ、家族を作り維持することの重要さを本当に理解しているとは思えない。信太郎にしても、結婚制度と家族の在り方との係わりを十分に理解していない。どちらも、まだ未熟な者どうしなのである。

 しかし、万砂子にとって信太郎は自分が願う結婚生活を実現してくれる相手ではないのに、なぜ信太郎と別れようとしないのか?万砂子は信太郎を愛しているから?そしてその愛に理由は無い?やはり苦しい設定である。もう信太郎への愛など消え失せていてもおかしくないところまで来ていると思うのだが。ここをちゃんと説明してくれないから、このドラマがいつまで経っても面白くないのだ。万砂子の口ぶりからすると、結婚前によほど甘い恋愛生活を信太郎と送っていたようだが。

 ついに典型的な嫁姑バトルが始まった。八重子がまだ万砂子に疑いを抱いていることが原因だ。これはもう仕方ないだろう。万砂子があんな変な手紙を出したり、万砂子のマンションに片桐を泊めたりと、誤解されるようなことばかりしてきたのだから。

「奥さんに会えたのが好都合です。片桐に伝えといて下さい。俺の妻が好きなら、俺に気兼ねする必要は無いって」
 偶然会った片桐の妻に告げる信太郎。これは原作で言うところの、「二夫二婦論」のようなものだろう。しかし、だからと言って片桐の妻に言わなくとも。まあ、ドラマとしてはそれが原因でひと悶着あった方が、面白いのだろうが。

 信太郎と片桐が議論を始めた。しかし、そこに八重子が割り込んで来た!
「あなたたち(片桐と万砂子)が二人して、信ちゃんを苦しめたことは事実でしょ?それなのにそれを謝りもしないで・・・まずは二人して、信ちゃんに謝りなさい!」
 これには大笑いしてしまった。八重子がいかに子離れ出来ていないか、白日の下に晒されたからだ。八重子はもう少ししっかりとした母親だと思っていたが、こんなに酷いとは思っていなかった。脚本家の悪乗りも度が過ぎるというものだ。
 そして、昨夜信太郎が徳丸恵子と会っていたことを、信太郎、片桐、八重子の前で暴露する万砂子。
「何なの一体・・・あんたたち・・・あんたたち、バラバラじゃないの!」
 本当にそうですね、八重子さん。もちろん、あなたも含めてバラバラなんですよ。
 これはドラマの演出というよりも、人間はもともとこうもバラバラな存在なのである。それぞれがエゴイズムを抱いている存在なのである。万砂子も、信太郎も、八重子もだ。そのエゴイズムを、どこまで深く切れ味鋭く描くかが、このドラマの使命でもある。まあ、そんな使命などとてもマトモに果たしてくれそうにはないが。

 突然、友光出版に現れて、編集長に万砂子の辞表を提出した八重子。
 その真意については、次回へ。

【第20回 7/29放送分 脚本:いとう斗士八】
 信太郎が「壊れてしまった」原因は万砂子にあると信じ込んでいる八重子。信太郎のためには、万砂子が変わってもらう必要がある。女は外に出ていると何をするか分かったものではない。だから、万砂子を家の中に居させることで、万砂子を確実に変えようと考えた。だから八重子は万砂子の辞表を提出したのである。
 これはかなり乱暴な展開だが、「女は外に出るとろくなことはない」という考えを八重子が抱いている点は、原作と同じである。これは伝統的家族観の妄信というよりも、女の持つ底知れぬ不気味なまでの欲深さを警戒しているのだ。それを如何なく体現しているのが、徳丸恵子であることは言うまでも無い。そういう意味では、女を全く放任にしておくことは、家族の維持という点で問題である、ということは一理あると私も思う。
 男の浮気は軽い気持ちの遊びであるが、女が仕掛ける不倫は本気である、というのはよくある話だ。そういう点では、女は不浄な存在であるとして女に貞淑さを求める文化は、何も男優位の社会を作るための差別というよりも、女を牽制することが社会秩序上望ましいと判断した、先人の知恵ではないかと思ったりもする。こういう考えが洋の東西を問わず、かなり長い間に渡って支持されてきたことを考えても、それ相応の理由があったからと考えるのが、自然ではないだろうか。

 万砂子の口から、興味深い台詞が放たれた。万砂子はこれまで、夫婦のことを「人生を共に歩んでゆくパートナー」だと漠然と考えていたというが、それだけではないということに気付き始めたという。しかし、それが何かはまだハッキリ分からないらしい。それが一体何であるとこのドラマが提示するか、それには幾分興味を惹かれる。お茶を濁して終わらせることはしないで下さいよ・・・。

 万砂子の言う愛がホレたハレたという感情に過ぎないのなら、いつかは消える時が来るという信太郎の言葉は納得できるものがある。むしろ、そのホレたハレたの感情が「永遠の愛」であり、それがいつまでも続くと思っている万砂子の方がおかしいと思えるようになってきた。そしてそのホレたハレたの感情を、信太郎が万砂子に抱き続けるための手段として、別居だ、出産だ、やっぱり同居だ、やっぱり出産だと、いとも簡単に言い出す万砂子は、余りに思慮が足りない、冷静さに欠けた女性だと思う。
 私の経験から言うと、女はもっと冷静に現実を見ることが出来ると思う。万砂子のような女は、他の女性たちから見ても、落ち着きの無い愚かな女だとか、いつまでも夢見てばかりの少女に見えるのではないだろうか。この辺りのことは、後日ネットで視聴者の女性たちの声を拾うことで、検証してみたいと思う。

 遂に、編集局長と八重子が隠れて会うという展開になった!しかも、その現場を万砂子に見られてしまった。
 そして、美千代夫婦の息子である俊太が車に跳ねられてしまった!
 書きたいことはいくつもあるのだが、それは次回に書きたいと思う。


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