石橋正雄の「生き方上手じゃないけれど」

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zoom RSS ドラマ「契約結婚」 第6週B(第30回)

<<   作成日時 : 2005/08/14 05:27   >>

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【第30回 8/13放送分 脚本:大原久澄】
 万砂子のマンションを飛び出して福田家に上がり込み、信太郎の胸ぐらをつかむ陽平。信太郎はあっさりと事実を認めた。さらに憤る陽平。
 そこへ万砂子がこんなことを言い出した。
「信太郎が私のことを一生懸命愛してくれてる・・・それは、間違い無いことなの。その愛に嘘が無いことも、私はちゃんと分かってる」
 え?どこからそんな台詞が出るのだろう?
 この台詞がとても不自然に思えるのは、今の万砂子の立場が余りに複雑だからだ。
・信太郎が万砂子のことを愛していることを万砂子は認識している。
・しかし、万砂子は俊太を死なせてしまったことで、美千代の幸せを奪ってしまった。
・美千代に対して償うためなら、一生を棒に振っても良いと万砂子は思い込んでいる。
・その美千代に対する償いの前提として、自分は美千代よりも幸福な立場にいてはならないと思い込んでいる。
・そこで、信太郎の元を離れると共に、信太郎の手を全く煩わせないことを決めた(一時期は、離婚したいとまで言い出した)。
・信太郎が美千代と寝たことについて、万砂子はそれほど嫉妬している訳ではない。寧ろ、美千代が信太郎を本気で愛した気持ちを、信太郎が裏切って、美千代を傷つけたことを憎んでいる。
・万砂子は美千代に対して償いたい気持ちで一杯であるのに、美千代を傷つけてしまった信太郎は、自分の気持ちを分かっていないと万砂子は思い込んでいる(そういう点では、万砂子は信太郎を恨んでいる)。
 ああ、何てややこしいんだろう。いちいちビデオを止めてこれまでの経緯を整理しても、非常にややこしいと感じる。ましてや、ビデオに録画せずにリアルタイムでテレビを見ている人になるとどうだろうか?「訳が分からない」と思っているのではないだろうか。
 こんな奴と結婚していて苦しくないのか、と陽平に聞かれたのに対し、万砂子はこう答える。
「愛してるから・・・愛してるから苦しいの。苦しくても愛さずにはいられないの!」
 上記の事情をちゃんと理解している人なら、万砂子の気持ちは多少なら分かるかもしれない。しかし、圧倒的多数の人は陽平と同じ気持ちだろう。
「分かんないよ、俺には!・・・分かんないよ!!」
 分からなくて当然だ。万砂子の考えがどう考えても支離滅裂なのだから。

 信太郎に全ての非があると思い込んでいる陽平は、割れたガラス瓶で刺さんとばかりに信太郎に飛びかかった。すると何と、ガラス瓶は、信太郎をかばおうとした万砂子の腕に刺さってしまった!
 怪我の手当てを受けた後、万砂子の口から「はぁ?」な発言が連発した。
・信太郎と美千代との肉体関係は、陽平のためだけでなく、万砂子のためにも黙っていて欲しかった。
・施設を美千代に紹介する話は、事前に万砂子に話しておいて欲しかった。
「私は、信太郎の愛は疑ってない。でも今は・・・愛されることが・・・苦しくて辛い・・・」
 「ふざけるな!」と思わずビンタを食らわせるだろう、私が信太郎の立場だったら。万砂子はどこまでも自分のことしか考えていないのだ。そういう点では、信太郎のことを我がままで自分勝手だなどとは、とても言える立場ではないだろう。
 しかし、信太郎は万砂子に対して何も言わなかった・・・。

「契約結婚が間違いだったの!普通の結婚をしてれば、こんなことにならなかった・・・」
 えーっ!?
 なぜ?どうして?八重子の言うことの意味がさっぱり分からないのだが。
 どうやら、様々な悪い出来事が起きたのは、普通の結婚をしなかったからだと八重子が信じているからのようだ。言うなれば、迷信のようなものである。しかし、捉え方によっては信太郎に対する責任転嫁とも思える。あれだけ親バカの八重子が?・・・恐らく、余りに悪いことばかり起きてばかりいるので、その原因を何かに当て付けたかったのだろう、八重子は。

 しかし・・・見ている方はもうお気づきであろうが、このドラマは「愛」という言葉を余りに安易に用い過ぎである。これまで一体何回「愛」という言葉が繰り返されてきたことだろうか。もはや愛のハイパーインフレだ。お陰で「愛」という言葉に重みがまったく感じられなくなってしまった。
 第一、「愛」という言葉の意味も、ドラマではハッキリ示されていない。少なくとも、万砂子が考えている「愛」と、信太郎が考えている「愛」には、齟齬が生じていると思えてならないのだが。
 そんな曖昧な状況で、愛、愛、愛と何度も連呼されても、言葉が虚しく空回りするだけだ。このドラマで「愛」という言葉を聞いて、心にズシッと響く人はどれだけいるのだろう?私はもうこのドラマで「愛」という言葉を聞いても、「ハイハイ、また『愛』ですか?」と半ば嘲りの気分を抱くようになってしまった。特に、万砂子が例によってあのキッとした目つきで愛を語るシーンを見るたびに、「あー、またか。もう見飽きたよ」とウンザリしてしまう。

 万砂子の部屋に放置しておくはずだったのに、なぜか喫茶店に次雄を連れ込んできた美千代。何と彼女は、次雄と共にガス自殺を図ろうとしたのだ。
 そこに万砂子がやって来た。ドアをいくら叩いても、応じようとしない美千代。
 すると万砂子は、ガラスを割ってドアを開け、店に飛び込みガスを止めてしまった。
 うな垂れてしまった美千代の背後で、次雄がしゃべった!!
 ・・・しかし、次雄が美千代と一緒にどう頑張るというのだろうか?
 美千代はまだ万砂子を憎んでいるものの、少しは前向きに人生を歩む気持ちになったようだ。

 どうやら、美千代の件はこれで一件落着のようだ。
 原作を読んだ私に言わせると、「ちっとも面白く無い!!」
 原作では一体どうなっていたか、ネタをばらしてしまいたい気持ちになるが、まだ30話もあるので、ここでは控えておこう。
 もし知りたい方は、このページのずっと下の方を見て頂きたい。

追記:
 どうしても声を大にして言いたいことがある。
 今回稲垣夫妻を襲った数々の災禍は、万砂子が「永遠の愛」について疑問を抱く大きなチャンスであったはずだ。ましてや、その災禍が万砂子にまで激しく及んでいるのだから、なおさらのことだ。
 あそこまでこっ酷くやられては、「永遠の愛なんて・・・ひょっとしたら、無いのかもしれない」という思いが、万砂子の脳裏を掠めてもおかしくは無いはずだ。
 なのに、万砂子が全く自己批判することなく、最終的に万砂子にとって都合のよい結論に着地させてしまったことは、ドラマを非常に薄っぺらくしたとしか思えてならない。ちっともドラマティックではない。
 結局稲垣家の騒動は、万砂子に単に辛い思いをさせただけで終わってしまった。信太郎の心に変化が生じたのに、渦中にいる万砂子の心に何の変化も起こっていないのは、余りにもおかし過ぎる。
 せっかくストーリーが大きなターニングポイントを迎えるべきところで、大原久澄氏はそれをことごとく台無しにしてしまった。彼女の罪は余りに大きいと思う。


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【原作では美千代はどうなっていたか?】
 事故の後遺症で頭がおかしくなった稲垣次郎。彼の世話をするのが嫌になった美千代は、稲垣の家族に稲垣を押し付けようとした。しかし、稲垣の家族はそれを拒否し、結局美千代は稲垣を連れ帰らなければならなくなった。
 どうしたら良いか途方に暮れた美千代は、信太郎を喫茶店に呼び出し、相談を持ち掛けた(原作では、稲垣次郎は信太郎の職場仲間という設定だった)。美千代は、稲垣と離婚して別の男と再婚することを考えていた。信太郎は、片桐に相談してはどうかと提案する。また、稲垣の世話ばかりで遊ぶ余裕の無い美千代に、自分が遊び相手になってもよいと信太郎は言い出す。その言葉に、美千代はとても喜んだ(原作では、美千代と信太郎は肉体関係に到るどころか、数回喫茶店で会うくらいの関係に過ぎなかった)。
 そして、二人が喫茶店を出て別れ、信太郎が少し歩き出した時だった。ずしんという音がしたので振り返ってみると、何と美千代はタクシーに轢かれて死んでしまっていたのだった。その有様を見た信太郎は、残酷だがこれが道徳的な解決だと悟ったのだった―――

 もしこれをそのままドラマに当てはめていたら、俊太、次雄に続いて、美千代も車に轢かれて死ぬことになっていたのだ。そう、稲垣家は全員死んでいなくなってしまうのだ(次雄は命は落としていないものの、あの状態では死んだも同然である)。
 さすがにこれは残酷過ぎるとドラマ制作者は考えたのだろう。美千代が改心して一件落着という結果にしてしまった。その分、運命の無情さ、家族の絆の虚しさをアピールしていた原作の意図は、ものの見事に切り捨てられてしまった。だから私は「ちっとも面白く無い!!」と書いたのだ。
 あれだけ美千代は万砂子に酷い仕打ちをし続けたのだから、美千代が車に轢かれて死んでしまっても、皮肉めいた報いということでそれなりに面白い話になっていたと私は思うのだが。


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