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私にとって高橋和巳は、最も近く、最も遠い作家であった。 全共闘ジュニアとして生れた私の家の本棚には、ずっと高橋和巳の本が置かれていた。幼少の私は、居間の絨毯の上で寝そべりながら、いつもそれらの背表紙を見上げていた。 「悲の器」「我が心は石にあらず」「邪宗門」――― それらのタイトルは、幼い頃から私の心を捉えて止まなかった。 だがしかし、私はそれらの本を手に取って読もうとはしなかった。 幼少の時期はもちろん、高校生になっても手に取ることはなかった。 なぜか。 余りに格調高いそれらのタイトルに萎縮してしまったからかもしれない。 あるいは、思春期にありがちな反抗精神ゆえかもしれない。 幼い頃からずっと、私はことある毎に両親と口論を繰り返していた。両親は私の誤りを徹底克服させるべく、容赦なく私に激しい叱責を浴びせた。暴力を加えることも辞さなかった。私の考えは何一つ受け入れられなかった。両親は、絶えざる自己批判と根本的な自己変革を、常に常にいつまでも私に迫ってきた。 そして、口論の末の切り札として、親は必ずと言っていいほど私にこう言ってきた。 「高橋和巳の本を読め!」――― あたかも、高橋和巳の本には理想の人間になり得るための答えが書かれており、それを読むことなしには真人間たり得ないと言わんばかりであった。 確かにその頃、私は人間について、社会について、その真実の姿を掴むことを何よりも欲していた(むしろ、親がそのように私を仕向けていたのである)。 しかし私にとって、親が最高の理想とし、私に読めと迫ってくる高橋和巳の本を読むことは、親への降伏、そして自我の敗北を意味するように思えたのだ。 こうして私は、高橋和巳の本を全く読むことなく、思春期、青年期の日々を送った――― それが去年になって小説を読むようになってから、自然と高橋和巳の小説を読みたいと思うようになった。 というのも、私が小説を読むようになった動機の一つが、「かつて読もうと思っていながら読まずに過ごしてきた小説を、今一度読んでみようではないか」と思い立ったことにあったからである。その小説の大半は日本の近代文学であったが、そのラインナップの中に高橋和巳も当然加わった。人間について飽くなき探究を続けた彼の作品を、どうして読まずに置くことができようか。 「最後の知識人」―――知に一生を捧げた彼の人生を紐解くことは、知によってしか福利を享受し得ない我々人間にとって、並ならぬ教唆を与えてくれるのではないだろうか。 そして私は「悲の器」を読み終えた。 長かった。読み終えるまでに非常に長い時間が掛かった。 この小説は非常に難解である。いや、正確に言うと、ストーリーを追うことはそれほど難しくは無い(それでも時系列的に話が進んで行くわけではなく、何度も過去の回想が綴られるため、ストーリー全体の流れをハッキリと掴むことは容易ではない)。 難解であるのは、主人公の正木教授やその他の登場人物が語る、思想や観念のことである。作品中、彼らが自己の思想や観念を延々と語る下りが何度も綴られているのだが、それらが非常に難解なのである。時には学術的な用語を織り込まれることもあるので、なおさら難しく感じられる。 これらの思想や観念を完全に理解することは極めて困難であろう。また、完全に理解できるという人もほんの一握りだろう。完全な理解を求めようとすると、いつまで経っても読み終わらないのではないかと思われる。 何度も痛切に感じたことであるが、私はこの作品を学生の頃に読まなくて本当に良かった。あの頃は、哲学的な文言を目にする度に、それがあたかも真理であるかのように思い込み、無批判に受け入れていたものである。そしてその度に、真理を掴みえた自分に陶酔し、それを教えてくれた相手に崇拝の念を覚え、大いなる興奮に打ち震えていたものである。今でもインテリ学生の中にはこういうタイプの人がいることだろう。 そういう人がこの「悲の器」を読んだならば、それはもう興奮に次ぐ興奮の連続、これだけの思想を書き綴れる高橋和巳が神のように思えることだろう。全共闘世代が傾倒したのも納得である。 だがしかし、私はそんな感受性の高い青年期を既に通過してしまっている。そのため、この「悲の器」を比較的冷静に読むことが出来た。この歳にもなれば、書かれている思想に胸打たれ感動に打ち震え、無批判に洗脳されるようなことはさすがに無かった。 しかしそんな私であっても、この「悲の器」で書かれている高橋和巳の思想には驚嘆を隠せない。何に驚いたのかといえば、彼の持つ優れたバランス感覚に対してである。全共闘世代の支柱となった高橋作品だけに、極端に偏向した思想なのではないかと心のどこかで警戒していた。しかしいざ読んでみれば、全く偏向していることはなく、むしろ常識を伴った客観的思考が綴られていた。そして驚くべきことに、学生運動などのラジカリズムに対して否定的な考えが述べられているのだ。 高橋和巳の広範かつ客観的な洞察には目を見張るものがある。「悲の器」で書かれていることが真理であるか否かはさておき、これだけの思考に目を通す経験も、人生において少なからぬ意義があるのではないかと私は思う。 しかし、いざ勇んで読み始めてはみたものの、高橋和巳の独特の文体に大いに手こずらされた。一見すると、硬質で整った文章であるように思える。しかし、本文でも書かれているように、余計なことは書かないというポリシーで内容が綴られている。そのため、読むと非常にドライな印象を受けた。正木教授の身に起こった過去や現在の出来事が、独白形式で淡々と綴られているのだが、そこには感情というものがほとんど描写されていない。正木教授は過去と現在において種々の災禍に巻き込まれているのだが、それによる彼の心情の動きはほとんど描かれていないのだ。 そんな状況が変わり始めるのが、第五章に入ってからだ。正木教授の身に起ころうとしていることが明るみになるにつれ、彼の心理が徐々にリアルに描写され、ストーリーも少しずつ緊迫感を帯び始めてくる。 そして第二十四章辺りになると、正木教授の真の姿がよりリアルに浮かび上がってくる。ラスト近くにもなれば、正木教授の行動や思考が徐々に粗雑になって行く様が描かれてゆく。それにつれて、それまで大いに抑制されていたであろう高橋和巳の筆が、加速度的に劇的な描写を綴り始めるのだ。 主人公の正木典繕は刑法を専攻する(東京大学とおぼしき大学の)教授であり、法学部の学部長でもある。 表向き、彼は非常に幸運に恵まれた順調な人生を送ってきた。戦前に行われた国家による学者弾圧の中、荻野や富田といった法学のライバルが投獄されたり失踪したりした一方、表立った学説を唱えなかった正木は投獄を免れることが出来た。そのため、恩師である宮地教授は、自らが主宰する機関紙「国家」の運営を、残された正木に託した。それだけでなく、宮地教授は自分の姪である静枝を、正木の元に嫁ぐよう計らってくれた。 学者弾圧が厳しさを増す最中、身の振り方を考えた正木は、学者から敵視されていた検事へと転身した。正木は学者たちだけでなく、恩師の宮地教授からも猛烈な非難を浴びることになった。しかし結果的にそのお蔭で、無事に終戦を迎えることが出来た。その上、東大法学部の教授の地位につくことができ、学会だけでなく国家的にも重要な地位に就くことが出来たのだ。 しかし、彼の実際の生活は決して平穏なものではなかった。妻の静枝は寝ている時に悲鳴を上げるなど、神経的に病んでいた。そして戦後まもなく、喉頭癌を患って病床に伏してしまった。そこで正木は家政婦として米山みきという女性を雇った。静枝と違って女性らしいたおやかさを備えていた米山みきに正木は惹かれ、二人は程なく深い関係に陥った。 何年にも及んだ静枝の闘病生活の後、遂に静枝はこの世を去った。その後ほどなく正木は、知り合いの教授の娘である栗谷清子という非常に若い女性と出会った。そして何度かの逢瀬の後に、正木は栗谷清子と婚約することになった。するとそれを知った米山みきは、正木のかつての知り合いだった並川という弁護士を頼って、正木を相手取り婚約破棄による不法行為に伴う慰謝料請求の裁判を起こしたのだ。しかもそのことが、正木が米山みきを妊娠させた上に堕胎を迫ったことも交えて、新聞や雑誌上に明るみになったのだ。これらのことを知った正木は、逆に米山みきに対して名誉毀損の訴えを起こした。 こうして正木は、謂れの無い訴えに対する憤りを抱えながら、地位の高い大学教授としての職務を務めなくてはならなくなった。そんな最中、世間では警職法改正や教職員の勤務評定など、公権力の横暴に対する反対運動が盛んになっていた。警職法特別審議委員であった正木は、反対運動に係っていた学生たちに突然襲われた。その中の一人の女子学生に「卑劣漢!」と呼ばれた正木は、彼女に名誉毀損を受けたとして警察を呼び出した。 このことで大学が騒ぎとなったことから、正木は学長である園部に進退伺いを形式的に提出した。するとそれを受けた園部学長は、正木の知らないところで八方に手を尽くし、正木を退職に追い込んだのだ。 大学を追われ、栗谷清子とも別れ、一人となった正木典膳。しかし、米山みきとの裁判は続行される。ところがその法廷の場に、なぜか栗谷清子が現れた。そして米山みきの弁護士である並川は、栗谷清子を証人として呼んだ――― 正木教授は冷徹なまでの合理主義的な人間である。法の持つ冷たい合理性に徹することの出来る人間である。そんな彼にとって、不合理な人間の感情や、理想だけが高いヒューマニズムは、全く共感に値しない。 彼の非人情ぶりが分かるのが、孫が生れたシーンである。退官を送る昼餐会のついでに、娘の典子がいる病院に立ち寄ると、孫は既に生まれていた。しかし、自分に初孫が生れたことに大した感情も抱いていないようだ。娘に対しておめでとうとも言わない。生れたばかりの孫に近づこうともしない。典子の世話をしてくれた、妹の典代に礼も言わない。「煙草を吸っても、赤ん坊には影響は無いだろうな」などと聞いて煙草を吸おうとする始末である。確かに、典子と彼女の夫とが不和である最中に子供を産んだだけに、正木も素直に喜べないのかもしれない。だがそうだとしても、こんな態度を取っているようでは正木が非人情であると思われても仕方が無いだろう。 お楽しみ頂けた方はこちらへ |
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