石橋正雄の「生き方上手じゃないけれど」

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zoom RSS 宮本輝 「螢川」 ――― 第78回(昭和52年)芥川賞受賞作品

<<   作成日時 : 2005/03/11 02:31   >>

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 次の芥川賞作品ということで読み始めたのが、宮本輝の「螢川」。
 朝、電車のシートに腰を下ろし、私は「螢川」の文庫本の扉を開いた。
 「螢川」という作品タイトルから清冽なイメージを抱いていたのだが―――

 読み始めるや否や、私はたまらない不快を感じ始めた。
「何だ?この読みにくい文章は?」
 とにかく文章が不自然なのである。少しでも格調高い表現にしてやろうという意図が丸出しの文章なのである。ちょっと硬めの語句を使ってみたり、描写の趣向を凝らしてみたりしているのだが、それがちっとも文章の美的感覚に貢献していないのである。
 おまけに、場面展開がどれもこれも唐突なのである。つまり、場面と場面とのつなげ方が非常に不細工なのである。「どうしていきなりそんな話になるのか?」と思ってしまう。これは技巧的なものとは全く思えない。
 もう言ってしまおう。下手くそなのである。素人小説なのである。これが芥川賞授賞作品とはとても信じ難い。新人懸賞なら、予選で落とされても仕方ない作品である。
 そして、この作品の舞台が富山県だと知ってさらに嫌な気分になった。私は富山県が嫌いなのである。それは、私が嫌っている或る人物が富山県出身だから、という個人的な理由である。それに加えて思うことは、富山県ほど存在意義の薄い県は無いということである。日本の都道府県を、地図を思い浮かべながら北から南へと一つ一つ列挙してみると、必ずと言っていいほど富山県を飛ばしてしまう。それほど富山県には何らの特徴も感じない(もちろん、私は富山県に行ったことが無い)。富山と聞いてあなたは何を連想するだろうか?私は何も連想できない。何も思い浮かんでこない。何とか必死に記憶を手繰り寄せた挙句に、せいぜい「藤子不二雄」や「米騒動」といった単語が浮かんでくる程度である。

 さらに読み進めると、主人公の竜夫に父親の重竜が話し掛けるシーンがある。竜夫は十四歳、重竜は六十六歳という設定なのだが、重竜は竜夫にこんなことを話してくるのだ。

「竜夫、ちんちんの毛、もう生えてきたかァ?ちょっと父さんに見せてくれェ」
「ちゃんとした女房がおるがに、千代との間にお前ができてしもうたがや」
「男の子やからもう覚えたやろが、あんまりちんちんには触わるなや」

 少なくとも私はこの歳の頃、性に関する話を父親と話したいとは全く思わなかった。自分の性については、親には絶対に知られたくないと思っていた。それだけに、こんな台詞を読んだだけでも私は非常に不愉快になる。ところが竜夫は父親に向かって、自分が木に登った時に陰部の摩擦で快感を覚えたことを話そうかと思っているというのだ。竜夫は重竜のことを嫌っているにも係わらず、である。そして、こんな話が父の口から出てきたら、母親が止めるのが普通であるが、母親の千代は台所にいるので知る由もない。重竜は延々と竜夫に猥談を話し続けるのである。

 そんな訳で、読み始めてから十ページ足らずでこの作品を読む気がすっかり無くなってしまった。どれも個人的な理由ではあるが、読む気が無くなったことには変わりが無い。私は降車駅に着く前に本をカバンに仕舞ってしまった。朝からとても嫌な気分になった。残りのページの厚さを思い出して、げんなりしてしまった。これからイヤイヤ気分で、残りのページを読んでしまわなくてはいけないというのか・・・。

 ある程度読み進めると、文章は多少読みやすくなった。宮本氏の書きぶりに慣れてきた、という側面も幾分あるだろうが。
 しかしそれでも余りいい気分がしない点がある。それは、ストーリー展開のわざとらしさである。唐突に重竜が倒れたり、圭太が英子の写真を見せつけたり・・・。中でも、大森が竜夫に無期限無利息で金を貸すシーンには呆れてしまった。そんなこと有り得ないだろう、普通。いくら大森が重竜に恩があるからといって、初めて逢った竜夫に無期限無利息で金を貸すなんて、余りにも有り得なさ過ぎる。
 何だか安っぽい人情ドラマのようである。重竜が倒れて千代と竜夫が困窮するとか、千代は前夫に冷遇されたとか、そういう話も何だか安易に作られたお涙頂戴の設定のように思えてしまう。
 おまけに登場人物の台詞もわざとらしい。普通こんな言葉で話す人はいないぞ、と思うような台詞が連発する。

 ここまで書いてきて、ふっとある人物が思い浮かんだ。橋田寿賀子である。これでもかこれでもかと悲惨な設定を積み上げて、普通の会話で使われないような言い回しの台詞を登場人物に言わせて、有り得ないようなわざとらしいストーリー展開が繰り広げられる、そんな安っぽい人情ドラマを延々と生産し続けるあの橋田寿賀子である。
 この作品は橋田ドラマほど酷くはないにしても、それに近い雰囲気はかなり漂っている。とにかく読み手を泣かせたい、感動させたいという気持ちが先にあって、その目的を簡単に達成しうるようなアイテムを大量投入しているのがこの作品なのである。戦争、離婚、再婚、夫の暴力、浮気、妊娠、病気、借金、恋愛、思春期、性の目覚め、将来の進路・・・。ストーリーの半分弱までの段階で、これだけのアイテムが投入されているのである。投入し過ぎである。しかもどれも、手垢の付きまくったありふれたお涙頂戴の常套アイテムである。余りにも安易である。ひねりが感じられなさ過ぎである。舞台を北陸の雪国にしたのも、物語の悲惨さを増幅させるために選んだとしか思えない(宮本氏は富山での生活経験はあるものの、その期間は一年ほどしか無かった)。

「もうこんな小説からサッサとオサラバしてしまいたい」
 そう思った私は、今日中にこの作品を読み終えてしまうべく、読むペースのピッチを引き上げた。
 そんな私の心を知ってか知らずか、ストーリーも慌しく展開していった。いや、正に「慌しい」という言葉に尽きる。あれやこれやと色んな出来事が起きてくるのだが、そこには登場人物の心の機微など微塵も触れていない。物語の終盤になってやっと英子が登場するのだが、晩生で引っ込み思案なはずの竜夫が、英子をあっさりと螢狩りに誘ってしまうのだ。いくら幼馴染みとは言え、竜夫は英子を異性として意識し始めているのだから、英子を誘うには相当の戸惑いがあるはずだ。そしてそれを描くのが小説として普通だ。だのにそんなことは全く描こうとせず、竜夫は英子にあっさり声を掛けてしまう。繊細さのかけらも無い。思春期の淡い恋心を描こうとしたにも拘らず、宮本氏自らの手で台無しにしてしまっているのだ。

 さらに滑稽なのは、宮本氏が作品の前半で出しまくった数々のエピソードを上手くまとめきれず、後半になって収拾がつかなくなっている様子だ。

 英子の写真といい、大森に見せてもらった父の青年時代の写真といい、そのどちらもが、同じように桜の巨木の下で撮られていることに、竜夫は不思議な思いを抱いていた。(本文より)

「それがどうかしたのか?『桜の巨木』が何かの象徴だというのなら分かるけど、そんなことはどこにも書いてないぞ。千代が富山城の桜の木の下で見た男女に、自分の過去を重ねようとしているシーンがあったけど、それとも関連付けようとしているのか?桜の木が何を象徴しているか、解釈しようと思えば出来なくは無いが・・・。いや、いちいち解釈しなければ分からない、というのであれば、実はやっぱり単なるこじつけなのではないだろうか?」
 こう考えてくると、さすがに私も呆れ果ててしまった。

 そしてその後においても、これでもかこれでもかと集中投下される「お涙頂戴アイテム」の数々。ここで普通の読み手なら感動で胸が一杯になって涙腺が緩んで来るのであろうが、すっかり冷め切った私は残りのページ数が気になるばかりである。

 やっと読み終わった。
 何ですか、これは。
 結局、この物語のメインテーマは「性の営み」ということだったようだ。性の営みによって生まれた子供が、性に目覚めることで再び次の生命をもたらす、ということのようだ。
 確かに、ラストの螢のシーンはよく描けていたと思う。単なる幻想世界として終わらせず、そこに性という人間の「暗闇」の面を掛け合わせたことは絶妙なコンビネーションであったと思う。
 「終わりよければ全てよし」?そうはさせてたまるものか。
 それまでの書きぶりが悲惨だっただけに、螢の光を使って耽美的に表現しようとする意図が、余りにも気取っているように思えてしまうというものだ。
 要するに格好付けだ。悪く言えばハッタリだ。ハッタリの連続で綴られてきた作品だけに、せっかくの最高のラストも、「どうせこれもハッタリだ」と思ってしまうことで、その魅力が著しく減退してしまう。

 宮本氏は自身のホームページを持っている。興味のある方はご覧になって頂きたい。彼のハッタリぶりが痛いほどよく分かると思う。リンク?大人気ないと知りながらも、張ることは控えさせて頂く。

 こうして全体を振り返ってみると、宮本氏は非常にあざとい人物であることが分かる。広告会社勤務という経歴も納得だ。これはこれで作家のあり方かもしれない。「螢川」という作品にしても、これはこれで一つのあり方なのかもしれない。
 それでも敢えて言いたい。私はこういう物書きにはなりたくないし、こういう小説を書きたいとも思わない。

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